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命の重さ

09 03, 2006 | Posted in ジョイス | Thema ペット » ♪ボーダーコリー♪

5 Comments


坂東真砂子さんの子猫殺し記事についてのことなど、
いつもお世話になっているあこちさんのブログで詳しく読むことができました。話題にされているだろうと思ったし、しっかりと記事にまとめてくださってるはずと思ったら、やっぱりされていたので、詳しくはそちらを読んでいただいたほうがいいかと思います。

妊娠しないようにする避妊手術と生まれてきた子猫を殺すことを比べて自分の行為を正当化していることに多くの人が憤ることはわかるし、殺し方といい、許されないことだと思います。

それを踏まえて、あまり言われていないことについても、気になったことがあったので、思ったことを書きたいと思います・・・

①最初に思ったこと
この人に、保健所で毎日処分されている犬猫についてどう思っているか聞いてみたい。
彼女の持論だとそれも仕方がないこととして片付けられるのだろう。
映画化され、話題になっていたころ「狗神」という作品だけ読んだことがあるが、娯楽作家、ホラー小説家のように思った。
※他は読んだことがないので、言い切れないが。
そんな人に、倫理観とか死生観とか、高い次元から述べたりしていただいてもいいのだろうか。
※後で思ったこと(補足)・・・この考え方は私が偏見的なものの見方だっと思います。でも敢えてここに残したのは、最初そう感じたということも覚えておきたいと思ったからです。

日経新聞は中学生以上くらいの子も読むし、これだけTVのニュース・ラジオで報道されていたら、多くの子供も見聞きするだろう。
子供や子供っぽい大人など、どう受け止めたらいいかが分かるのだろうか。
「子猫殺し」という言葉の持つイメージが一人歩きしないだろうか。
TV報道では否定的なアナウンサーの見解などは付け加えられていたが、「なぜこの人の意見はおかしいのか」それは明確には説明されていない。そもそもメディアだって、説明することもできない。だってそれは「個人の見解」なんだから。
人間社会で生きてきて、文章を書いてそれで収入を得ていて、「私の書いたものが受け入れられてそれで自立し社会的地位も確立しているし、いいんじゃない。」そう思っていたとしたら、怖い。
努力して作家になって、自立して自分の望みどおりタヒチで暮らす。
それはいいと思う。だからって、こんなこと書かないといけなかったのか?売名行為?
私にはどうしても信じられない。
本当にこんなことを行っていたとしたら特に信じられない。
新聞社もこういう記事を載せるなら横に動物愛護の方の意見を載せるなどするのが、議論の記事となりえたのではないだろうか。
記事から判断すると、動物愛護の人からは批判を受けることも意識しているようだ。そこまで分かっていて書くのは何のため?
何のため?
・・・とそこまで考えて答えに詰まってしまいました。
~②に続く~


②結論が書けずkazuと話したりして見えてきたこと

彼女は問題提起したかった???
書かなければ、猫を間引いていたという行為も明るみに出ることはなかったし、批判されることもなかった。そこまでして、批判を承知で言いたかったのか?

坂東真砂子さんのコメントより私が気になった文章を抜粋してみました。
「動物にとって生きるとはなにかという姿勢から、私の考えを表明した。人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じ、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ」
「人は他の生き物に対して、避妊手術を行う権利などない。生まれた子を殺す権利もない」
「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」

最初、私は行為自体よりもなぜこんなことが記事になるのということについて坂東さんと新聞社に腹を立てていたように思います。
↑①の部分を読み返してみると
でも坂東さんの文章を何度も読み返してみると、嫌な思いというか、答えも出しにくいことだけど、本当に考えなくてはならないのは、犬猫と人間との関り方、共生の仕方、なのだと思う。
きちんと問題の本質について考える前に、気持ち悪いのと腹立たしいのが先にたって、過度に感情的になっていたと思う。
※普通の人は私みたいに遠回りでは考えないかな・・・・


現実社会では、人間の都合で多数の犬猫が捨てられて処分されている。
飼って育てられなくなって、でも自分の手は汚せないと平然と保健所に持ち込む人がゴマンといる。
坂東さんは自分は逃げずに痛みをもって自分の責任で飼えない猫は処分したということなのか。
ただその前に避妊手術をしていれば、殺さずにすむ。
でも避妊手術が猫にとっていいことなのか、
それは猫の望むとこではない。猫だって子供を産みたいだろうと。
その機会を奪ってしまっては・・・ということか。

猫を感情あるもの、一面では擬人化している。
猫の『生』の充実??
人間の力を借りず狩でエサを取って生きているのなら、猫にとっての本当の生の充実を尊重してあげようという考え方もありかもしれない。
でも人間の庇護の下生きていくことを選択した猫である。
坂東さんは、人間の社会との折り合いもつけていかなくてはならないと考えている。
それは大事なことだ。
でも、その結果、「生まれてから殺す」となる所で坂東さんの考え方は理解できなくなってしまう。。
殺されることがわかっていて腹をいためて子供を産むことは猫にとって本当に生の充実感が得られるのだろうか。

猫の答えは分からない。
ただ、人も犬も猫も共生して最大公約数の良い暮らし、生の充実を望むなら、猫にも我慢してもらわないと。
動物の世界の厳しさについてよく引き合いに出される、
肉食獣が生きていく食料として草食獣を殺すことと、
子猫を崖から落として殺すことは違う。
同じ死、殺す殺されるということでも、背景が全然違う。
それも故実の虎の話みたいに母猫が手を下すのではない、人間がである!
動物の本当の真意が分からない人間が殺していいのか?
繰り返しにはなるが、人間と共に暮らすことを選択した(選択を余儀なくされた?)動物には、人間社会のルールに沿って共生してもらうしかないのではと思う。
雌猫が子供を産む一連の行為は生きていくためにどうしても必要なことではないと思う。
雌猫は子供を産まなくても生きていける。
発情期というのは、元々種の保存のための習性であって、
飼い猫である猫を避妊手術をしても猫が滅亡するということはないのでは。
生まれる前に殺しても生まれた後に殺しても同じ???
そんな訳がない。結果的に子猫は生きて行けず、母猫の生の充実は完結したことにはならない。
坂東さんに聞きたい、
母猫は子猫を殺されても悲しまないのだろうか。
生の充実のために子供を犠牲にすることを望んでいるのだろうか。

誰にもはっきりした答えは分からない。
坂東さん、社会の責任ということを意識されているのならば、残虐にもみえる行為をする前に立ち止まってほしいと思う。
動物の生の充実について、もっと多くの人にわかりやすく、問題提起してほしい。
犬も猫も嫌いなら一緒に暮らしたりということはできないと思う。
あなたがエサをあげて、あなたの所有物かもしれない。
何をしても許されると思うのかもしれない。
でもそしたら、「生の充実」とかいう抽象的で実体が分からない言葉で、自分の行為を表現しないでほしい。
記事を載せた日経新聞の真意は分からないが、
世に明るみに出たことはよかったと思う。
注釈、弁明いっさいなし、新聞社は事実を報道する、作者の書いたありのままを載せる。
それをどう受け取るか、しんどいし、難しいし、答えは出ないし、
でもしっかり考えていかないとと思うことができた。
坂東さんが、新聞社が、・・・だけでは何も前に進まない。
また似たような問題が起きても同じ対応しかできない。
批判するにも、多角的に考えること。
受け入れられない意見もしっかり読み聞くことは大事だなと思うようになった。
坂東さんについても、問題意識を持っている、自分でなんとかしようとしている時点では、保健所に犬猫を持ち込む人よりは、考えようとしていると思う。
・・・でも、それが全部ひっくり返るくらいのことがある!
・・・自分が生きていくためにどうしても必要という以外に、
   人間と一緒に生きることを選んだ動物の命を奪っていいのか!
・・・一度奪ったらもう取り返しのつかないものなのだ。
   崖に投げ捨てるという軽いものではない。
   猫だって生きている。
   子猫だって生の充実を望んでいるのではないかと言いたい。





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- Comments
5 Comments
mido
09 13, 2006
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「人として品格が問われている」
そうですね!!
命を大事にする。
共に生きる。
当たり前のことをきちんとしながら生きていくことの大事さを実感しますよね。
犬と一緒に暮らしていて、ほんと得るものは多いですよね。
こっちが今まで気にもとめなかったことを気づかされることが多いです。
ジョイノエもベックも散歩で会うお友達と一緒にいると、すごく素直に活き活きしていて、ほんとこんな純粋なコたちをしっかり守らないとと思います。
ベックママ
09 11, 2006
URL [ edit ]
記事を読んで驚きましたえげつない性格の人がいるものですタヒチの人達にも迷惑な話です何だか遣る瀬無い事件ですね書店とかでも保健所を子犬の写真集とか出ていたりして人として品格が問われている気がします私が出来る事はベックを最後まで幸せにする事ぐらいかも知れません何かの縁で又別の犬や猫と家族になってもその子を最後まで幸せ過ごせる様にしたいな又楽しく遊んでやってね
mido
09 04, 2006
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>あこちさんへ
すみません、いつもTB送らせていただいて・・・。
あこちさんが取り上げるテーマには考えさせられることが多いです。
問題に正面から向き合って考えを書いてはるとこに、影響を受けています。
自分では最初の嫌悪感、怒りを抑えて、冷静に坂東さんの持論を検証しようとしたのですが、やっぱり最後には怒ってしまいました・・・。
重いテーマは考えるのがしんどいし、なかなか答えは出ないけれど、考えることは大切ですね。


>ままりんさんへ
あっ、おっしゃるとおりのように思います。
坂東さんは自分の都合の良いように物事を解釈するからこういう持論を展開しているのですね。
昨日うんうん考え何度も読み返すうちに、ちょっと気づいてきたのですが、うまく書けませんでした。
ままりんさんのおっしゃる
「一所懸命に子育てをし命を育む」
という姿は平気で奪うのに、生の充実を尊重するなんて、ほんと矛盾というか、片手落ちというか、
理屈としておかしいですよね。
自分の感覚でここからここまでが「生の充実」と線引きしているように思いますね。
ままりん
09 04, 2006
URL [ edit ]
18日の夕刊に載っていたこの記事を読みました。

時々ネットを見ていると「動物好きならペットを飼うな」と言う人がいます。
確かに犬や猫にとって100%満足はさせてあげられないし、飼う人間がいなくなれば繁殖屋も無くなって辛い目にあう繁殖用の動物達もいなくなるでしょう

この作家にも飼わなければいいのにとしか言えません

この作家は自分の都合の良いように物事を解釈するようですね
猫は子孫を増やす本能があってその本能と機能を奪い取るのは人間のエゴだと言いたいのでしょう
この作家は猫が発情期に交尾して出産するだけが猫の本望だと思っているんでしょうか
出産後猫がどれだけ一所懸命に子育てをし命を育むかはどうでもいいんでしょうか
私にはこの作家が避妊去勢をしないポリシーを持ち発情期に猫がうるさく鳴くので猫に好きなようにさせて生まれてしまった子猫に困って処分するとしか思えません

ペットに不妊手術をするかしないかはどちらでも構わないと思っているんですが生まれてきても苦しみや死しか待っていない命を生ませることだけは許せないんです。
あこち
09 04, 2006
URLedit ]
TBありがとう。
なぜか記事のタイトルが反映されてなくて、ヘムヘムからこちらの記事に飛べません…泣。
もしよかったら、もう一度TB送ってみてください。
タイトルが反映されれば、古い方はこちらで削除しますので。^^

本当に腹立たしいエッセーですよね。
ペットを余るほど増やす人、飼えないのに産ませる人、捨てる人、更には殺す人まで擁護する持論だと思います。

midoさんの記事にも怒りが「関西弁」となって現れていますね。
ストレートに伝わってきました。
私達は文章を書くプロではないけれど、おかしい事はおかしい!とハッキリと意思表示していける人になりたいですよね!
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